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誰かの悪口を言って友に嫌われる構図

 私が好きなものを好きだから好きになり、私が嫌いなものを嫌いだから好きになる。私が嫌いなものを好きだから嫌いになり、私が好きなものを嫌いだから嫌いになる。ハイダーのバランス理論はそのようにも使える(参照)が、これは相手の立場でも言える。
 相手が好きなものを好きだから好かれ、相手が嫌いなものを嫌いだから好かれる。相手が嫌いなものを好きだから嫌われ、相手が好きなものを嫌いだから嫌われる。だから相手に嫌われないように自分の好みを偽る(参照)こともあるのだが、相手の好みを知らないで自分の好き嫌いを知らせて失敗することもある。好かれることになるのなら良いが、嫌われることもあるから注意が必要である。

段階 a の心の中
Wij|a
(i,jはa,b,c)
a の思う
b の心の中
Wij|b|a
(i,jはa,b,c)
実際の
b の心の中
Wij|b
(i,jはa,b,c)
図1
図1
図2
図2
図3
図3
図4
図4
図5
図5
図6
図6
図7
図7
図8
図8
同上
同上
図9
図9
図10
図10

 a は b と仲良しだと思っていて(Wab|a > 0、Wba|a > 0)c のことは嫌い(Wac|a < 0)だった。ただ、b が c のことをどう思っているか知らなかった(図1、図2)。b は a と仲良しだと思っていて(Wba|b > 0、Wab|b > 0)c のことも好き(Wbc|b > 0)だった。ただ、a が c のことをどう思っているか知らなかった(図3)。あるいは b は c と仲良し(Wbc|b > 0、Wcb|b > 0)だったかもしれない(図4)。c に相当するものは人でなくても良い。趣味でも宗教でも信念でも言動でも良い。好き嫌いの感情を向けられる対象であれば何でも良い。
 ある時、a は c の悪口を言い(ΔWac|a < 0)、b が頷いてくれる(ΔWbc|b|a < 0)と思った(図5、図6)。それで、b は「 a は c が嫌いなんだ」と知る(Wac|b < 0)ことになった(図7、図8)。この図7と図8は b にとってバランスの悪い状態である。b は a を嫌い(Wba|b < 0)になるか c を嫌い(Wbc|b < 0)になるか選択しなければバランスの良い状態にならない。
 その結果、b は a を嫌うことになった(図9、図10)。図9と図10は好意の返報性が成立していない。しかし、好きな人に嫌われるのは辛いかもしれないが、嫌いな人に好かれてもあまり不快にはならないだろう。b は a のことを嫌い(Wba|b < 0)になったが、a に好かれたまま(Wab|b > 0)でも気にしないだろう。好きな c の悪口を言われた状態(ΔWac|b < 0)で a を好きでいる(Wba|b > 0)ことの方がストレスが強いだろう。もちろん、a からはしだいに離れるかもしれないが。
 さて、b が c を好きなことを a に伝えなければ、あるいは、a を嫌いになったことを伝えなければ、a にとってのバランスは図5のままであるが、これはバランスの良い状態なので安定して勘違いが続くことになる。

 以上は、相手の好きなものの悪口を言ったことで嫌われる構図であるが、相手の嫌いなものを褒めたり、相手の嫌いなことをしたりしても嫌われることがある。最終的には図11、図12、図13(図14)のようになる。

段階 a の心の中
Wij|a
(i,jはa,b,c)
a の思う
b の心の中
Wij|b|a
(i,jはa,b,c)
実際の
b の心の中
Wij|b
(i,jはa,b,c)
図11
図11
図12
図12
図13
図13
図14
図14

 友に酷い暴言を浴びせた教師や、友を陰で苛めている生徒など、相手に酷いことをした経験がある人を褒めたり、悪口を言うことが嫌いな友に誰かの悪口を聞いてもらったり、汚い言葉遣いが嫌いな友とのおしゃべりで汚い言葉遣いをするなど、相手が嫌いな些細な言動で相手に嫌われることがあるから注意が必要である。恋愛関係にあった男女が相手のちょっとした言動、例えば爪楊枝で歯の隙間の食べかすを取る姿を見た瞬間に恋が冷めるのも同じような構図だろう。何かをするということは、その行為( c )に対してプラスの評価をしている(Wac|b > 0)とみなすことができるからである。マイナスの評価をしている行為は、通常はしないだろう。例えば、悪口が嫌いな人はほとんど悪口を言わないし、汚い言葉遣いが嫌いな人は汚い言葉遣いは避けるだろうし、ある特殊な集団でしか通用しない単語が嫌いな人はその単語を使わないだろう。それらを使うということは、少なくともそれらに対してマイナスの評価をしていないということであり、好んで使っているようであれば、それらに対してプラスの評価をしているとみなされても仕方がない。また、使い慣れている状態では好き嫌いを意識していないだろうが、使い慣れたのは好きだったからとみなしても良いだろう。c に相当するものは人でなくても好き嫌いの感情を向けられる対象であれば何でも良い。趣味でも宗教でも信念でも言動でも良い。


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カテゴリー:疑似ソシオン理論

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